· 

認めない息子(怒)の本心

今は中2になった息子ですが、小学生の時にこんなことがありました。

 

4つ年下の妹とちょっとした事で喧嘩をして、兄らしからぬ言動でつかみ合い(笑)になったことがありました。経緯を見てましたので、どう考えても年長の息子に非がある。

当家の教育方針(というほどのものでもありませんが)は、「起こってしまったのは仕方ないが、自分の責任を認めることが大事」という考えでしたので、息子に「悪いことしたと思っているのか?」と聞きました。

内心としては、「こんな些細なことで妹と喧嘩して悪いことをした」と自覚してもらえれば十分と思っていましたが、息子は黙り込んで認めません。自分は悪くないと正当化しようとか言い訳しようとしているわけではなく、反省もし落ち込んでいるのに、「悪いと思っているのか?」と言う質問には首を縦に振りません。普段が素直な息子だけに違和感を感じたのを覚えています。

 

実はそれには理由がありました。当時学校で担任の先生がとても厳しく(その点は逆にありがたかった)、律儀で論理的な方でした。どうも学校で友だちと喧嘩した時に、先生から同じようなことを言われたようです。

「自分が悪かったと思っているのか?」と言われ、

息子は「ごめんなさい。僕が悪かったです。」と謝りました。

問題はその後。先生から「じゃあなんでやったの?」と聞かれたようです。息子は答えられませんでした。

悪いことをしてしまう時って、よほど悪意がなければほとんど無意識です。悪い結果を導こうとして行動しているわけではなく、ほとんどが「良かれと思って」している。でも色々な環境や条件で思い通りの結果にならなかった、ということではないでしょうか。「どうしてそんなことをしたのか」と聞かれても、ノリと勢いで”してしまった”行動には理由がありません。それを聞かれても理由がないのですから答えようがありません。

 

その結果前述のようなやりとりになるのです。自分が悪いことは自覚して反省はしている、でも非を認めるとその理由を問い詰められる(可能性がある)。だから悪いとは思うが認めない。 という心理的な流れが働いています。

 

些細なこと、と思うかもしれませんが。研修講師やマネージャーなどの教える・まとめる立場には非常に重要なことです。以前ホウレンソウについて書きましたが、ホウレンソウは、そのやり方が大事なのではなく、上司やマネージャーが部下がいつでも気兼ねなくホウレンソウできる環境を作っておくことを意図していました。それがいつの間にか部下のスキルみたいに浸透してしまったのです。やり方を教えても、後から答えられないことを問い詰められる、うちの息子のようなことが予想されれば、頭の良い部下は報告しないでしょう。

 

「悪いことほど早く報告する」というのはいつの研修でも変わらず話しますが、本当は「悪いことほど安心して報告できる人間関係を普段から作っておく」と言う上司のミッションです。犯人探しや原因追求はやる気を削ぐだけです。勇気という心のガソリンを減らしてしまいます。普段からの関係づくりに注意して、人を勇気付けられるようになっていきたいものですね。