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中学校の保護者会にて =自己肯定と自己受容=

先日、中学2年に進級した息子の「保護者会」がありました。

そこで先生の話を聞いていると、そこかしこに「自己肯定」という言葉が出てきました。

 

「自己肯定」を調べてみると…

”自らの在り方を積極的に評価できる感情、自らの価値や存在意義を肯定できる感情などを意味する言葉であり、自尊心、自己存在感、自己効力感と同じ意味あいで用いられる。1994年に臨床心理学者の高垣先生という方が、自分の子どもを対象にしたカウンセリングの体験から、当時、没個性化が生じていた子どもの状態を説明する用語として「自己肯定感」を用いている。 その後、日本の子どもの自己評価がアメリカ合衆国、中華人民共和国、大韓民国の子どもの自己評価に比べて有意に低いことが日本青少年研究所の調査報告などで指摘されるようになり、日本の教育現場において「自己肯定感」が注目されるようになった。”              … Wikiより 引用

 

昨年くらいには、この自己肯定感(セルフエスティーム)を題材にしたセミナーや研修などもよく目にしました。教育現場だけでなく、一般の会社でも、この「自己肯定感」を持てずに苦しんでいる社員の人は多かったのでしょう。自己肯定感が低いと「自分には無理」「どうせできっこない」「自分には価値がない」などと考えてしまって、より良くしようという意欲そのものがなくなってしまいます。

 

この自己肯定感を高めるには、いくつかのポイントがあると言われています。私たちも研修やセミナーで気をつけるようにしています。それは…

① プラスの言葉で声掛けをする

② 自分の意見を言いやすい雰囲気や環境をつくる

③ だれかと比べない

④ 簡単に守れる約束や決め事を定める

⑤ 協力しないとできないことを用意する  といった感じです。

 

しかしながら、この自己肯定感には、ちょっと気をつけなければならないところがあります。

手放しで受け入れてしまうと、危険です。「自己肯定感」はともすると、「機能価値」という考え方と簡単に結びつきやすく、容易に崩壊しやすいという側面があります。

 

人間には「機能価値(do)」と「存在価値(be)」があります。機能価値とは、成績や売上など数字で表せる客観的な価値のことです。学歴や収入、職業、ルックスなど、誰にとってもわかりやすい価値がこれにあたります。一方で、「存在価値」とは何もしなくてもそこにいるだけで発生している、人としての価値のことです。  例えば性格や哲学、価値観、感性のような数値化できない要素があげられます。一緒にいるだけで元気になるような友人なんかもそうですね。

 

犬を飼っている人がいますが、狩をするために犬を飼っている人、近くにいますか?猟犬として飼っているのであれば「機能価値」重視、室内犬など癒しを求めて飼っているのであれば「存在価値」重視となります。室内犬などは、獲物を捕ってくるわけでもなく、「機能価値」としてはほとんどゼロ。でも必要とされているのは「存在価値」があるからです。

よく見かけるのはこの存在価値と機能価値をごちゃまぜにしてしまっている場面です。

 

「自己肯定感」を手放しで受け入れられないのが、社会全体の価値追求の流れのなかで、この機能価値を源泉にした自己肯定感、となってしまうことが多いわけです。「成功体験」と「自己肯定」が結びついてしまうと厄介です。

営業の場面では、先月の売り上げがよく、トップの成績をおさめた人がいたとします。この瞬間の自己肯定感はおそらくMAXです。周りからも評価され有頂天、というところでしょうか。しかし翌月、トップは陥落したとします。「機能価値」に注目してしまうと、「自己肯定感」と連動して「やっぱり自分はダメだった」となりかねません。万年下位の人よりも「自己否定」が強くなるでしょう。このように自己肯定感は、「機能価値」と簡単に結びつきやすく、その結果ブレやすい、ということがあります。

 

そこで大事になるのが「自己受容」という考え方です。

「いいことも悪いこともひっくるめて人生」「優れていようがいまいが自分は自分」と考えます。

存在価値の考え方を、もう一歩踏み込んで考えるやりかたです。「機能価値」がどうであれ「存在価値」微動だにしません。営業は人間力、と言われる所以がここにあります。「自己受容」を基盤にした「自己肯定」には揺らぎがなくなります。迷いのない行動ができれば、自ずと機能価値が高まります。日々、人間的な成長を目指していきたいものです。